村山知義のグラフィック

村山知義(1901-1977)は、1922年(大正11年)にドイツでバウハウス、ダダ、未来派、構成主義など、新しい芸術運動や舞台芸術に浸り、「これはいかん。勉強ばかりじゃだめだ。日本が遅れる。実践だ」と1年後に帰国。「マヴォ」「築地小劇場」他での、ほとばしる活動が始まったんですね。ポスターや装丁は、レイアウトや文字づかいがどうのこうのという「下世話な評論」はさておき、何やら、音を発しているようで熱気がムンムン。でも、今の時代と比較しない観方って難しくて悩んでいます。「おっ、漢字やカナも斜めに組んでもいいな。インパクトがある」なんて思ったのかどうか。当時のデザイン界? に新風を吹き込んだのではなかろうか? 後年の『コドモノクニ』他での絵本イラストレーションもいいな!!!

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